夜のよみもの。朝になったら消えます。

泣きたくなった
あなたへ 29

文・写真:松浦弥太郎 
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こんばんは。とても久しぶりになってしまってごめんなさい。みなさん、お元気ですか。

コロナ禍によって暮らしも仕事も何もかも変わってしまったけれど、こんな時こそ変わらずに自分が大切にしたいこと、それは人に対するやさしさと思いやりです。ときにはどうしたらよいかわからなくなるけれど、結局はいつもやさしさと思いやりが物事を解決してくれるのです。僕はそう信じています。

人をやさしく抱きしめられるかどうか。 そんな自分でいるのかどうか。いつもそう思っています。

あなたには忘れられない人はいますか?何かあるたびに一番思い出す人というのかな。

僕にとっての忘れられない人はYという友だちです。

Yとは中学入学の日に出会いました。Yは隣の学区の小学校だったのです。同じクラスになったYはとても大人っぽくで目立ってました。Yは僕の名前を聞いて「お前やたろうっていうのか、おもしろいなあ」と言って、肩を組んできました。そして「友だちになろうぜ」と言って、僕のことを思い切り投げ飛ばしたのです。

僕は7歳から柔道を習っていたのですぐに反撃し、Yに足をかけて投げ返しました。「やるな」と言ってYは飛びかかり、いわゆる喧嘩となり、先生が止めに入るまで、僕とYは取っ組み合いを続けました。

はあはあと息切れさせながら「友だちになりたいから喧嘩をしました」とYは先生に言い、「な、そうだよな」と僕に同意を求めました。僕も「そうです」と答え、その日からYと僕は友だちになったのです。

それから毎朝、僕とYは登校前の朝6時に待ち合わせをして、遊び半分で、今で言う格闘技の特訓にはげみました。当時僕らは東京の中野新橋という街に暮らしていて、歩いてすぐの距離に新宿中央公園があり、その芝生を練習場にしたのです。お互い強くなろうぜ、という遊び半分の目的でした。僕とYは芝生に寝転びながら、お互いの家庭環境の苦しみを話し合ったり、これからの大きな夢(毎回変わる)を語り合ったりして、子ども心に、友だちって、こういうものなんだ、いいもんだなあとはじめて実感しました。「おれたち友だちだよな」とYは朝の空を見上げてつぶやいたのを憶えています。僕はYの純粋さに惹かれました。

Yは僕に矢沢永吉を教えてくれて、朝の特訓の行き帰りにいつも「アイラブユーOK」や「時間よ止まれ」を二人でよく歌いました。「やたろう、いつか永ちゃんのコンサート行こうぜ」とYは言いました。

そんな毎日が一年くらい続いた頃、Yは学校の内外でやんちゃ者となり、年上の人たちと付き合うようになり、学校にも来なくなり、いつしか僕と離れていきました。

中学を卒業し、僕は高校に進学しましたが(すぐに中退することになりますが)、Yは進学せず、どこかに就職をしました。その頃はもう付き合いは無くなっていましたが、時たま街で出会うと「おう、元気か」と挨拶を交わすYでした。そして少し離れたところから振り返って「また遊ぼうぜ」と大きな声で言うのでした。

17歳で高校を中退し、朝から深夜までアルバイトに励んでいる頃、時々、僕が家にいない時間にYから電話がかかることがありました。そのたびに「またかけなおします」とYは電話を切った。僕から電話をかけなおすことはしませんでした。どこにいるのかもわからなかったのです。当時の僕は新しい友だちとの付き合いが楽しく、Yからの電話が少しうっとおしくも感じていました。当時、Yはそこいらじゅうで問題を起こしてばかりいると風の噂で聞いていたので、余計にそう思っていたのです。

ある日、Yからの電話に出たとき「またさ、朝、待ち合わせて特訓しようぜ」とYは言いました。僕は「バイトがあるから無理だよ」と言うと「お前、おれの友だちだよね」と寂しい声で言いました。その時、僕は答えることができず黙っていました。「また電話するよ」と言ってYは電話を切りました。

それから何度か電話がありましたが、僕はYと話すのが苦痛になり居留守を使うようになりました。そしてある日、いつもは「またかけなおします」と言うYでしたが、電話に出た母に電話番号を残して、僕が帰ってきたらここに電話くださいと伝言を残したのです。その頃の僕はアメリカに行く準備に明け暮れていてそれどころではなく、Yに電話をしませんでした。

それから数日経ったある朝、その日は僕がアメリカに旅立つ日でした。Yが亡くなったと電話で知らされたのです。「いつですか? なんで死んだのですか……?」と聞くと、その日は、Yが僕に電話をし、電話番号を残した次の日だとわかりました。Yが自分で死を選んだと聞いた時、僕は息が止まりそうになりました。身体ががたがたと震えました。

「僕のせいだ……」と。この気持ちは今でも変わりません。

このことはずっと誰にも話さずにいました。もしこれを同級生が読んだらY が誰かすぐにわかるかと思います。

僕が忘れられない人はYです。

僕が矢沢永吉さんのライブに通うのはYとの約束が忘れられないからです。

僕の後悔は友だちであるYを抱きしめられなかった自分がいたことです。せめて電話さえかけていれば、Yは生きていたかもしれない。そう思って仕方がないのです。

入学式の日にはじめて声をかけてくれたY。友だちになるために喧嘩をしかけてくれたY。毎朝、戦いの訓練をし合ったY。友だちだと言ってくれたY。誰にも話したくない家のこと、家族のことを打ち明けたY。Yはたしかに僕の一番の友だちだった。

今日どうしても、Yのことを話したくなったのです。

なぜだかわかりません。どうしたらいいかもわかりません。

どんな時でも人をやさしく抱きしめられるかどうか。 そんな自分でいるのかどうか。 ただただそれを思うばかりです。

いつもありがとうございます。

泣きたくなったあなたへ。

*「泣きたくなったあなたへ」は不定期に更新しています。

2022年2月6日
文・写真:松浦弥太郎 

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11 件のコメント

人にやさしくできるためにまずは自分を抱きしめられるようになろうとしている、ちっぽけに思うけれど私はそういう状態だなぁ〜と今の自分に気づきました。本当にだれしも求めているのはやさしさや思いやりだと感じます。届けてくださり、ありがとうございます

とても心に突き刺さるような記事でした。私の忘れられない人は今も一緒に働いている7歳年上の社長です。6年前その方が立ち上げた会社に22歳で入社し多くの迷惑をかけつつも自分を見放さず向き合ってくれました。会社をより成長させ恩返ししたいです。

この記事を書いてくださり、ありがとうございます。忙しさにかまけて、大切な友達からの連絡へのお返事を怠っている自分にハッとしました。どんなときでも人を優しく抱きしめられるかどうか。とても心に響きました。気付かせていただきありがとうございます。

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