夜のよみもの。朝になったら消えます。

泣きたくなった
あなたへ 24+

文・写真:松浦弥太郎 
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こんばんは。どこかに行ったきり帰ってこない少年のようでした。糸の切れた凧というか、なんて言いましたっけ。「鉄砲玉の使い」でしたっけ。といいつつ、隣に座ります。そっと座らせてください。

むつかしいことをやさしく。やさしいことをふかく。ふかいことをゆかいに。ゆかいなことをまじめに。まじめなことをだらしなく。だらしないことをまっすぐに。まっすぐなことをひかえめに、ひかえめなことをわくわくと。わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと。書くこと。

ノートを買うと、必ず1ページ目に、僕はこの言葉を書いています。これは作家の井上ひさしさんが、ご自分の仕事に対する姿勢を言葉にしたもので、いわば、井上ひさしさんのきほんです。なんてわかりやすく、なんてあたりまえで、なんてまっとうで、なんて人間らしく、なんてすてきなんでしょう。

もう何年も親しんでいる言葉にも関わらず、読むたびに感動する、すばらしい知恵のひとつ。井上ひさしさんの作品すべてをこのきほんが支えているのです。読むと元気になる言葉でもあります。井上ひさしさんは、言葉の最後に「書くこと」と記しています。ぜひそこに自分の言葉をあててみてください。

この言葉を一言であらわすならどんな言葉だろうか。僕はこんなふうに考えました。そう「おもしろい」ではなかろうかと。

正しいとか、立派とか、美しいとか、そういうことよりも、僕らが仕事をしたり、生活をするうえで、「おもしろい」は一番大切なことだと僕は思う。おもしろくなければ、それがどんなに価値があったとしても、気持ちがそっちに向きませんもんね。で、一所懸命になればなるほど、愛が注がれれば注がれるほどに、どんどん「おもしろい」になるとも思うのです。

僕は以前「暮しの手帖」で、「本当だから面白い。面白いから役に立つ」と見出しに大きく書きました。「暮しの手帖」を作る上で、なにはともあれ、おもしろくなければ、何も始まらないと言いたかったのです。「暮しの手帖」は、正しいよりも、面白くなくてはいけない。暮らしはもっとおもしろい、おもしろくなる、だからもっと暮らしをおもしろがろうと言いたかったのです。大橋鎭子さんにもよく言われました。「あなたね、結局なんでもおもしろくなければダメなのよ」と。

なんというか、人はどうしても物事を白黒はっきりさせたがるというか、イエスかノー、もしくは良い悪いに分けたくなるけれど、心持ちとして、表と裏をいつも大切にする、もしくは共存させるバランス感覚って必要なんじゃないかな。偏らずに行ったり来たりというような。矛盾というか、△というか、だからこそ人は、人間らしくて愛らしいのではないかな。

で、僕らは日々、何に一所懸命になったらいいのか。それこそが、井上ひさしさんのこの言葉じゃないかな。僕はそうありたいな。実際にそうするのはむつかしいけれど、でも、あきらめずにそうでありたいな。

幼い頃、高村光太郎さんの「最低にして最高の道」という詩を読んで、目の前がぱっと明るくなったあの時、僕は、最低と最高は、いつも一緒なのがほんとうなんだと、詩を読んですぐに信じることができた。あの時はほんとうにかみなりに打たれたような気分でした。自分って最低。でも大丈夫。これを受け入れられたらどんなに楽なんでしょう。だから「自分って最低、でも最高」。「自分って最高、でも最低」。これでいい。こんなふうに自分を信じて、自分を愛せたらと思っています。もっとおもしろい自分になりたいです。

むつかしいことをやさしく。やさしいことをふかく。ふかいことをゆかいに。ゆかいなことをまじめに。まじめなことをだらしなく。だらしないことをまっすぐに。まっすぐなことをひかえめに、ひかえめなことをわくわくと。わくわくすることをさりげなく、さりげないことをはっきりと。書くこと。

泣きたいことたくさんあります。けれども、ね。開き直るのではなく、自分を信じて、受け止めて、愛して、おもしろく。こんなふうに歩みたい。

毎日「くらしのきほん」を見ていただき、「わたしのきほん」に投稿していただき、いつもありがとうございます。こんなにたくさんのきほんがひとつの場所にあるってほんとうに奇跡のようです。そして、毎日届くお便りも、しっかり読ませていただいています。返事を書けずにごめんなさい。そういえば、くらしのきほんは一年が経ちました。みなさんのおかげです。ありがとうございます。

これからも仲よくしてください。もっと話したいことあります。

そろそろ夏ですね。次は歩きながら話しましょう。夜の散歩の約束です。おやすみなさい。

*「泣きたくなったあなたへ」は不定期に更新しています。

2016年6月30日
文・写真:松浦弥太郎 

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37 件のコメント

悪いことだから
ダメなことだから
こんな自分だから
誰からも必要とされない
仕方ない
泣きたくなったというより
泣き止めない
そんなよるを
弥太郎さんに救われました

弥太郎さん、いつもありがとうございます。
ゆっくりやすんでください。お大事に…
おやすみなさい…

昨夜のラジオから 弥太郎さんの声が!
なんとインフルエンザだというお知らせ…
身体を休めて復活してくださることを願ってます。
弥太郎さんならインフルエンザさえも楽しんでいるんじゃないかというお声でした。
どうか無理をなさらずに。

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