くらしのきほんブックガイド10

皇后さまの
読んだ本

文・写真:松浦弥太郎
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2013年5月、暮しの手帖の創業者、大橋鎭子さんのお別れの会を帝国ホテルで開催した。当時、編集長だった僕は、お越しになられたみなさまが献花をした後、一人ひとりに答礼をする役割を担って、献花台の横に立っていた。献花をするそれぞれのお姿は、故人への想いが静かにそして美しくあらわれていて、それを間近で見る僕は、感謝の気持ちで胸が一杯になった。

長年、鎭子さんと親しくされていた皇后さまが、献花に来られると連絡があったのは当日のことだった。

皇后さまが故人の冥福を祈る一挙一動、献花をするお姿は美しさに満ちていた。

これほどまでに、故人を敬い、深く感謝し、静かに祈りを捧げるお姿があるのかと、そのあまりの美しさは心が震えるくらいだった。献花の後、皇后さまはゆっくりと僕のところに歩み寄り、鎭子さんとの思い出、そしてご自分と暮しの手帖のことを粛々とお話しくださり、編集長としてのねぎらいの言葉をかけてくれた。それはほんのわずかな時間のことであったが、会場全体が、皇后さまの深いやさしさとあたたかな愛情で包まれた。

『橋をかける』(すえもりブックス)は、1998年にニューデリーで開かれた、IBBY(国際児童図書評議会)世界大会にて、ビデオで流した、皇后さまの基調講演を日本語と英語で完全収録した一冊。

その時の基調講演は、皇后さまによる、ご自分の子供の頃の読書についてのお話しだ。皇后さまは、新見南吉の『でんでんむしのかなしみ』を、子供の頃の自分がどんなふうに受け止め、味わい、そこに学びがあったかを語り、読んだ本が、そして、あのときの読書が、どれほどまでに自分を助けてくれたのか。生きてゆく中で支えてくれたのかを、私たちにすなおに打ち明けてくれている。

『橋をかける−子供時代の読書の思い出−』美智子(すえもりブックス)

長い間僕は『橋をかける』(すえもりブックス)を、自分にとっての大切な一冊としてきたが、先般、末盛千枝子さんからいただいた自伝エッセイ集『「私」を受け容れて生きる』(新潮社)に書かれていた、皇后さまと『橋をかける』のエピソードを読んだことで、この本の誕生がいかに奇跡的だったのかを知り、さらにかけがえのないマイブックとなった。

「……読書を通して、他の人の悲しみを知り、喜びを知り、愛と犠牲が分かちがたいということを知ったこと、そして、誰しも、何らかの悲しみを背負って生きているということを小さい時に知ったと、『でんでんむしのかなしみ』を引用して語っておられる……」と、末盛さんは皇后さまのお話しについて書かれている。

安野光雅さんが描いた本の表紙は、風がそよぐ麦畑を描いている。

本そして読書が変わりつつある今、『橋をかける』は、改めて、私たちにそして子どもたちへ、読書の大切さを語りかけてくれている。

*『橋をかける−子供時代の読書の思い出−』美智子(すえもりブックス)は現在絶版。文春文庫版が購入可です。

2016年6月30日
文・写真:松浦弥太郎

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3 件のコメント

弟橘の歌は宝物になりました。喜びの詩「君も来たまへ」に、自分の娘とのやりとりを重ねて深く共感しました。同じように子育てをされて、庶民の生活を真に理解してくださっています。すてきな無邪気さと慈愛と優しさの妖精さんのようです。永遠の憧れです。

ここで教えて頂く本を楽しみに読んでいます。末盛さんの本を図書館で探したら、予約中でした。偶然かもしれないけれど、予約した人はくらしのきほん愛読者なのかもと思いました。妙にほっこりしました。

小学校の朝読書で、ちょうど、「でんでんむしのかなしみ」を読んだばかりです。この季節には毎年読みます。子ども達が切ないことや辛いこと、かなしみに出会った時、この絵本を思い出して、乗り越えてくれたらいいな…そう願いながら読んでいます。

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