名著『植物一日一題』
1953年に刊行された『植物一日一題』という名著がある。著者は、世界的な植物分類学者として知られた牧野富太郎である。94歳で逝去した著者が、90歳の時に、毎日一題ずつ100の植物についての随筆を書き綴った一冊である。植物愛好家にとって、座右に置きたい随筆集として知られている。
牧野富太郎の文章の魅力は、植物に対する深い愛情、驚異的な観察、深い造詣とうんちくのヒートアップぶりである。解説を書いた大場秀章氏が「牧野ぶり」と表現をしているように、気の強いやんちゃな少年のような暴れぶりが、この本の読みどころになっている。
名文として読み継がれている「馬鈴薯(ばれいしょ)とジャガイモ」という文章での、「牧野ぶり」は半端ではない。古い文献に書かれている馬鈴薯を、いつしかそれに近いジャガタライモ(ジャガイモ)とも、呼ぶようになったことを、今日までの長い歴史の中で、学者の誰一人が異議を立てていないことに、力一杯、机を叩いて抗議をしている。そして、自ら得意の植物図を描き、その誤りを胸を張って証明し、「人を指して猿だといっているようなものである」と、爽快なまでに旧説をひっくり返している。他に「昔の草餅、今の草餅」「栗とクリ」「キャベツと甘藍(かんらん)」「楓とモミジ」なども、同様に愉快。
『植物一日一題』を読むと、物事に熱中し、深く学び、のびのびと成長するためには、「虚心」すなわち、先入観を持たない、わだかまりのない素直な心が、なによりも大切であると痛感する。だからこそ、そこに「自分ぶり」が発揮され、独創性という価値が生まれていく。牧野の視線はすべて植物に注がれているが、この本を読むと、暮らしと仕事、人においても、常に「虚心」で向き合う人でありたいと切に思う。
100の随筆は、ひとつひとつがとても短い。いつどこでどう読んでも楽しめる一冊だが、日の当たる場所で読むことをおすすめしたい。牧野富太郎の業績を記念して建てられた「高知県立牧野植物園」も合わせて紹介したい。
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「栗とクリ」は「眼をクリクリさせ」。「キャベツと甘藍」は「いっこうにゴ名誉ではござんすまい。」「楓とモミジ」は「何だかフウはフウはして間が抜けたようで」。という言葉が楽しいです。「無花果の果」の手描きの絵も。植物への愛が伝わってきます。感謝